東京のビル群を見下ろしながらの取材
その日の取材相手は、シリコンバレーのIT企業のCEO(最高経営責任者、chief executive officer)だった。
取材会場は、東京のとある高層ビジネスビルの1室。
エレベーターを20階以上は上がっただろうか。
取材会場となる部屋をノックして中に入る。
ビルの外側の壁はガラス張りになっていて、
東京のビル群を見下ろす絶景が広がっていた。
さすがはシリコンバレーのIT企業である。
取材会場にも結構な経費をかけられるようだ。
ジェントルマンと握手で取材開始
握手で迎えてくれたのは、取材相手となるCEO。
アメリカ人と思われる白人で、年齢は40代から50代くらいだろうか。
スタイルの良いスラリとした長身。
ブランドに疎い私でも見ただけで分かるほどの高級スーツを身にまとい、
笑顔の素敵なGentlemanだった。
奥にはもう1人、こちらはCTO(最高技術責任者 、chief technical officer)。
技術的に深い話になったときに話を補足する人だ。
私は英語が話せないので、通訳を交えての取材となった。
それぞれ名刺を交換し、私を含めた4人で取材は始まった。
心配しながらも取材は進む
この会社は、EDA(electronic design automation)と言って、例えばパソコンやスマートフォンなどの電子機器の内部の電気設計を行っている。
今回はビジネス中心の取材だが、設計の話になったらとても太刀打ちできない。
心配しながらも、事前に準備していた質問を一つ一つ投げかけていった。
CEOも取材慣れしていて、話が脱線することもなく、会話は順調に進んでいった。
取材は時間内で無事に終わり、ほっと胸を撫で下ろした。
別れ際にかけられた謎の一言
取材終了のお礼を申し上げてからは、立ち話の雑談となった。
そして、そろそろ解散と言う雰囲気になった時、
CEOが笑顔で私に語りかけてきた。
「あなたが会社を取材するときは、その会社のトイレを見るようにしなさい」
そして握手をしてCEOと別れた。
職場への帰り道、CEOの最後の一言が何を意味するのか、ずっと気になっていた。
取材とトイレと何の関係があるんだろう、取材先のトイレなんて簡単に借りられないよ、と。
今思う。取材するならトイレを見よ
それから10年以上経つ。
取材経験は1000件以上を超えた。
今でも、あのCEOの一言を思い出す。
トイレを見なさいと言う真意は何だったのだろう。
今ならば、深い意味が込められていると想像できる。
取材相手は必ずしも本当の事ばかり話すとは限らない。
企業人ならなおさらのこと。
嘘はつかないにしても、自分の会社にとって悪いイメージを与える発言は避けたいのが当然だ。
言葉の表裏、それ以外も読み取るべし
これを会社のオフィスに例えてみる。
お客さんに見られる玄関や事務所などは、どの会社でもきれいにしようとする。
だが、目に見えないところやトイレのような場所は、会社によっては手を抜くだろう。
こういう目に見えない場所に注意を払って取材をすれば、
取材相手の会社が本当にうまく経営できているのか、そうでないのか、ある程度の察しがつく。
言葉の表面だけでなく、言葉の裏や、言葉以外の身振りや表情などにも注意して取材をしなさい、というメッセージが込められていたのではないか。
会話のコーディネートがインタビュアーの役割
取材は、取材相手とインタビューアーが会話をし、その内容によって記事が作られる。
インタビュアーが、取材相手の言葉の意味をどう捉えるかで、記事の切り口や内容が変わってくる。
話しづらいことや話したくない事は誰にでもある。
説明が上手な人もいれば、苦手な人もいる。
話している本人自身が、何を言いたいのかよくわかっていない場合もある。
(特に田舎のおじいちゃんおばあちゃんを取材する時は大変!)
うまく質問や雑談をしながら、記事がまとまるように話をコーディネートするのがインタビュアーの役割。
事前に準備した通りに取材が進まないこともあるし、思っていたよりも驚きの話が飛び込んでくることもある。
どんな話になるか分からないのが取材。
それを楽しみにするのが取材の醍醐味なのだ。
追伸
取材先でトイレを借りれそうな場合は、なるべく借りるようにしている。
うまくいっていそうな取材先のトイレは、確かにきれいで整っており、気の利いた景観をしている。