参考文献
Trisomic rescue via allele-specific multiple chromosome cleavage using CRISPR-Cas9 in trisomy 21 cells
https://doi.org/10.1093/pnasnexus/pgaf022
ダウン症候群は、21番染色体が通常より1本多い「トリソミー21」によって引き起こされるとされています。この余分な染色体を除去し、細胞を二倍体に戻す研究は以前から試みられてきましたが、実際にヒト細胞で効率よく行うのは難しいと考えられてきました。今回報告された論文では、CRISPR/Cas9というゲノム編集技術を利用し、余剰な1本だけを選択的に切断・排除する手法が提案されています。
通常、CRISPR/Cas9はガイドRNAと呼ばれる配列に従ってDNAを切断しますが、同じ染色体でもどの由来かを区別するのは簡単ではありません。そこで著者らは、三本ある21番染色体のうち一つだけが持つわずかな配列差を利用しました。これを「アレル特異的(allele-specific)切断」と呼び、余計な染色体だけを集中的に切るように設計することで、細胞全体の生存率を保ちながら不要な一本を取り除くことに成功したと報告されています。
さらに、この染色体除去率を高めるために、細胞が切断箇所を修復する際に働くDNA修復遺伝子(POLQやLIG4)を一時的に抑制すると、切断された染色体がより脱落しやすくなるという興味深い結果も得られました。その結果、ダウン症細胞を二倍体化したクローンでは、一部の遺伝子発現パターンや細胞機能が正常化に近づいた兆候が認められたそうです。
もちろん、オフターゲット(狙った場所以外への切断)や切り残った染色体片の構造異常など、解決すべき課題は残っています。実際に臨床応用するには、染色体除去の効率と安全性を大幅に高める必要があるでしょう。しかし、この研究は「余分な染色体そのものを直接取り除く」という発想を現実的な方法で示した点で画期的です。将来的にはダウン症だけでなく、ほかの染色体異常疾患やがん細胞への応用も期待されており、ゲノム編集技術の可能性を改めて感じさせる内容だと思います。