私たちが家族や友人のあくびにつられて、自分も口を大きく開けてしまうのは日常的な経験かもしれません。いわゆる「もらいあくび」ですが、この現象が犬やチンパンジーといったヒト以外の動物にも広がることは、これまでにも報告されてきました。
では、魚やカエルなど、私たちとあまり感情的なつながりを感じにくい動物相手でも同じようなことが起こるのでしょうか?
近年の研究は、その意外な可能性を示唆し始めています。もしかすると、普段何気なく見ている水槽の金魚のあくびが、あなたの口を開かせているかもしれません。
あくびはどこまで伝染するのか?
人があくびをしているのを目撃して、思わず自分もあくびをしてしまう。こうした伝染あくびは、もともとヒトのコミュニケーションや共感性と関連づけられることが多く研究されてきました。家族や親しい仲間同士だとより伝染が起こりやすい、という報告があるため、「あくびが移るのは相手への共感度が高いからだ」という説も長く提唱されています。また、チンパンジーや犬などの動物では、飼い主やよく知っている人間があくびをするのを見て同調する、という観察結果もいくつか示されています。
しかし、私たちが「共感しよう」と考える範囲には含まれにくい生物、魚やカエル、爬虫類のあくびを見ても、本当にあくびが伝染するのかどうかは、長らく謎のままでした。これらの動物は、ヒトと大きく生態が違いますし、見た目も大きく異なります。
そこでアメリカの研究グループは、オンライン調査を用いて、「ヒトが魚や両生類、あるいはネコやイヌなどのあくびを見たとき、どのくらいもらいあくびが起こるか」を本格的に調べる実験を行いました。調査対象は数百名規模の被験者で、動物のあくび写真とあくびでない写真を組み合わせた画像を提示し、被験者が実際にあくびをしたかどうかを自己申告してもらうというシンプルな手法です。さらに対照として、あくびとまったく関係のない窓の写真を見せるグループも用意し、結果を比較することで、単に「画面を見ているだけで眠くなった」という要因を除外しようと工夫しています。
このオンライン実験によると、魚や両生類、鳥類、そしてイヌやネコなどの哺乳類まで、どの動物のあくび画像を見たグループでも、およそ7割の被験者が「自分もあくびをしてしまった」と報告しました。一方、窓の写真だけを見せられた対照群は3割程度にとどまったそうです。
特に驚くべきなのは、「魚やカエルなど、ヒトと遠い存在の動物でもあくびをすると同じように伝染が起きた」という点です。私たちが普段「あくびの親近感」を持ちにくい生き物であっても、その姿に強く注意を向けることで、もらいあくびが起こりうる可能性を示唆しています。
従来の「共感を抱きやすい相手ほど伝染あくびが生じやすい」という考え方だけでは、魚や両生類との間に起こる現象を十分に説明できないかもしれません。むしろ、「あくび」という動作そのものが強力な刺激であり、視覚的に認識すると脳内のあくび反射を誘発しやすい、という見方が強まってきます。また、この研究では「参加者の疲労度が高いほどもらいあくびをしやすい」という結果も得られたそうで、従来の研究が示してきた生理的要因の影響と矛盾しない点も興味深いところです。
共感だけでは語れない、あくびの奥深さ

これまであくびの伝染を「共感」の指標と捉える説は根強く、ヒト同士でも家族や友人間で強く伝染することが、情動的なつながりと関連すると考えられてきました。しかし、今回のように魚やカエル、あるいは鳥でもヒトがあくびをもらうというデータがあると、どうしても共感以外の要素を考慮せざるを得ません。
一つは、やはり「視覚刺激としてのあくびのインパクト」が大きい可能性です。大きく口を開ける動作は、他の動物であっても非常にわかりやすいサインとなり、脳があくびとして瞬時に認識しやすいのかもしれません。また被験者は、どちらがあくびをしているかを識別するよう指示されているため、あくびの動作に自然と注目しやすかったとも考えられます。
さらに、あくび自体が「脳の温度を下げる」「眠気や疲労を一時的に和らげる」などの生理学的役割を持っているとされることを踏まえると、興奮や注意喚起が起きた状態で「あくびの映像」を見ると、すぐにその反射が働いてしまうのも不思議ではありません。
ただし、この実験だけで「魚や両生類は常にヒトにあくびをうつす」と断言するには、まだ追加的な研究が必要です。今回のオンライン調査は静止画像での実験が中心であり、動画や実際にライブであくびを見る状況はどうなのか、動物の種類がさらに増えたときに差が出るのかといった点も、今後の課題として残されています。
まとめ
「魚やカエルのあくびすら、ヒトがもらってしまうかもしれない」
この発見は、私たちが想像していたよりも伝染あくびが幅広い動物間で起こりうる可能性を示すものです。共感や社会的つながりだけでは説明しきれず、単に「大きく口を開ける動作を視覚認知したら、それだけであくび反射が動く」という、生理学的・刺激的な要因が大きいのかもしれません。
一方で、ヒト同士の場合はやはり親しい相手ほど伝染しやすいなどの研究もあり、あくびには視覚刺激と社会的・情動的要因の両面が絡み合っていると考えられます。もしご自宅のイヌやネコがあくびをしているところをじっと見つめて、自分でもあくびが出てしまうようなら、それはまさに異種間あくびを体験しているのかもしれません。さらに水族館でぼんやりと魚を眺めていて、「気づいたら自分も口を開けていた」となれば、その瞬間こそが今回の研究で示唆された不思議な現象かもしれないのです。
とはいえ、今回の結果がすべての人に当てはまるかどうかや、具体的にどのような動物や状況で伝染の度合いが変化するのかは未知数です。あくびは一見単純に見えますが、その裏には脳の生理機能や社会行動の多面性が隠されているのかもしれません。ちょっとした瞬間にあくびが出たとき、「今のは誰のあくびに引っ張られたのだろう?」と考えてみると、少し違った角度で日常が見えてくるかもしれませんね。
参考文献
Interspecific Contagious Yawning in Humans
https://doi.org/10.3390/ani12151908